ロードバイクで変わること



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この掲示板はなんのこだわりもありません。落書帳のように使っていただいて結構です。 こちらからは、自転車レース関連について発信していきます。もちろん、飲み会や同窓会もOK。        

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管理人プロフィール 

  

かちゃりんこ

住い奈良県北葛城郡上牧町

職業通信会社 会社員

子供社会人3人
 

趣味ロードバイクと少しだけパソコン

世界を走る

ペットシュナのれおん

好きなこと土いじり

好きな作家東野圭吾、福井晴敏、西村京太郎

血液型・ルーツA型、農耕

弱点ひどい花粉症

            
 

「自転車小僧」

「小学校時代」

そもそも自転車が好きになったのは、小学校時代からだったかなと思います。まずひたすら歩いてとめどなく冒険することから始まりますが、自転車が手に入るとこれはもう、とんでもない所まで 行けるものですから、ついつい少年の夢は膨らみ留まるところを知らなくなってしまいます。あの風を切って走るときの清々しさ、そして次々と目の前に現れる新鮮な景色に感動は増幅し続けこのまま何もかも忘れどこまでも走りたいという衝動にかられることはありませんか。
今でもそうなんですけど、いつでも本当に気軽に乗ることができて、そして爽風の中で見て感じる ことは昔と何一つ変わっていないと思います。

「高校時代」

高校時代になると「JCA」日本サイクリング協会へ籍を置いてしばしば、近県を徘徊したことを覚えております。確か国鉄の貨物車(?)に自転車を乗せたりして少し遠方まで遠征したことも あったような気がします。この時代はさすがに自転車をバラバラに分解して袋詰めにするということもせず、そのまんま載せていましたね。
そして、3人組で無謀にもテントを積んで奈良県の大塔村までの旅に出かけたときのこと、これは一生忘れることのできない思い出となりました。本当は那智勝浦まで抜けるという計画を組んで いましたがね。連日の雨やテントを張るところが本当になくて一晩狸穴の近くにテントを張り、怖さと寒さのため折り重なるようにして過ごしたという痛ーい経験をしました。次の日からは雨が止みそうに もないことから、当然のごとくたまたま見つけた鄙びた民宿もどきに宿泊し、屋根の下の幸福を満喫いたしました。無謀な紀伊半島縦断は達成できず、この時点で自転車熱も冷めたようです。
それから、卒業するまでの間、自転車は明らかに別の目的のため利用されていました。府立I高校27期生は純真なのが多いのか、はたまたバカなのか(あくまでも、私の周辺)、夜な夜な平野区やら浪速区やら阿倍野区から自転車で出没し、マドンナの家を探しにうろうろしていました。 別にピンポンダッシュをするわけでもなく、告白タイムがあるわけでもなくただ単に「夜はうろうろ」 でした。(アホくさ)

 

「黎明期」

「単身赴任時代」

今からちょうど6年前奈良から千葉へと単身赴任になりました。東京の某通信大手の本社勤務ですが生活は貧乏学生が下宿生活しているのとなんら変わらないぐらいの厳しい3年間を送りました。
そこで、最初はママチャリが大活躍しました。
自炊も随分やりましたので(弁当は作らなかった)、スーパーへの買い出し、クリーニング等には必須のありがたい交通手段となりました。もちろん休日はすることもなく退屈なのでママチャリでララポート へ行ったりフーテンの寅さん記念館へ用事もないのにぶらーと行ってみたりもしていました。
そしてごく自然な流れで遂にマウンテンバイク(15段変速、中国Giants製、当時3万円)を分割で 購入してしまいました。ちょうど単身赴任1年の節目にあたります。サドルのクッションについてもいうこともなくスピードもある程度出ましたから、ママチャリ時代と比べ行動半径も随分と増えました。
ここで普通は、マウンテンバイクが趣味になりずっと続くはずなんですが・・・・。
いつからか、後ろから抜かれることも多くなり、その時はむきになって次の信号で必ず抜いてやろうと勝負を挑んだりもしましたが、「全然歯が立たないあの細いタイヤの自転車は何者だ!」ということに悩まされ続け ました。さらに友人から「そりゃ、競輪用に近いロードバイクと勝負して負けるのは当たり前やろ」と言われるまでMYマウンテンバイクが最速であることを疑わなかったというのも恥ずかしい話です。
年齢も考えないで、2年の節目にロードバイクを女房には内緒で月賦でまた買ってしまいました。
おかげで6帖しかないマンションの小部屋には、2台も自転車を飾って並べるはめになりました。
MYTOWN 市川から、池袋のGALAXYさんへロードバイクを買いに行きました。独身(単身赴任)だからある意味、自由が利いて本当にルンルンでしたね(女房には自転車の部品を買いに行くということで)。 通常25万円以上するブランドものが所せましと並べられていますが、もっとも平民には手が届かない代物ばかりが多い中、オリジナルブランドの「ANT☆RES」がひと際目立ちました。
フロントフォークとシートステーがカーボンファイバー製、フレームがアルミ製のハイブリッドで当時としてはなかなか流行りの先端?をいってたんじゃないでしょうか。ウェアーやヘルメットそれにペダル全部 合わせて12〜13万円と非常にお値打ち品でした。現在も大事に乗っております。

「荒川・江戸川ローディ時代」

ロードバイクに乗り出すと、そう今までとは違って練習というカテゴリーに整理されるんですね。
買ってしばらくのうちはそんなつもりもなかったのですが、やはり専用のシューズとペダルはちょうどスキー板とスキー靴を半固定させるのと同じように普通では外れないので危険極まりないものですし、一般道を走る には十分な練習が必要になってくるんですね。私の場合は、池袋から市川まで乗って帰らざるを得なかったので、仕方なく即実践で無事帰れましたが・・・。
それからは、特に急ブレーキで止まる場合何回も外れなくてそのまま横倒れすることも多かったのです。ともあれ、東京の江戸川や荒川の河川敷は本当に整備が行きとどいており、自転車専用道路が河口から上流近く まであり、往復すると簡単に50km以上走れますので本当にストレスなく練習できます。
矢切りの渡しが途中にあり、本当に素晴しいコースでした。そう寅さんがよく昼寝をしていた河川敷で今は少年野球の試合が何十か所でも見られまたラグビーやサッカーもできる広大な敷地となっております。 あー関西はまだまだだなーと・・・。
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